今回のお題“タルトタタン”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。 【写真を見る】失敗から生まれたりんごのケーキとは?
■失敗は成功のもと 焼いている料理をひっくり返す瞬間はドキドキもするしワクワクもする。パンケーキやスパニッシュオムレツ、お好み焼きに餃子、ハンバーグなど、下の焼き目は見えないものだから、焼き上がりはひっくり返してみないとわからない。こんがり焼き色がついているとうれしいし、逆にその色が足りなかったり焦げすぎていたりするとがっかりだ。今から100年以上前、このスリリングな「ひっくり返し」の技が二人の姉妹の運命を変えた。 タルト・タタンの「タタン」とはフランスの中央より少し北に位置するロワール渓谷付近にあるラモット・ブーヴロンという小さな町の駅前に立つホテルの名である。ここを経営していたのが、ステファニーとカロリーヌ姉妹。 オテル(ホテル)・タタンは宿泊施設だけではなくレストランの機能も備えていたので、連日、ステファニーがつくる料理を食べに来る多くの地元客で賑わっていた。 デザートのりんごのタルトも人気だった。型にタルト生地を敷き、鍋で甘く煮たりんごを敷き詰めてさらに生地をかぶせて焼いてつくる。しかしある日、ステファニーが型にタルト生地を敷くことを忘れてしまい、りんごだけを焼いてしまったそうだ……タルトをつくるのに生地を敷き忘れる?そんなことがあるのだろうか??カレーパンをつくるのにパン生地で包むことを忘れるだろうか?ステファニーは単に焼きりんごをつくりたかっただけではないのだろうか?いや、それは邪推というものだ。彼女は「タルト生地を敷き忘れるという失敗をした」と伝わっていて、これがこのお菓子の物語の核となっている。 型に入れて焼かれたりんごを前に機転を利かせたのが妹のカロリーヌである。とっさにパイ生地をかぶせ、オーブンに入れてさらに焼いたのだ。りんごにとってはいつもの倍の焼き時間である。どういう焼き具合になっているかはわからない。姉妹はドキドキしながら型に皿をかぶせ、ひっくり返してみた。いつもよりカラメル色が濃い仕上がりだが、どっぷりとした姿形は愛らしい。食べてみると、りんごのとろっとした食感と表面のちょっと焦げかかったところがなんともいえないおいしさだった。さっそくレストランで出してみると、その甘くて香ばしい新しいりんごのタルトは大評判。名前も「タルト・タタン」と名付けられた。 しかしこのタルト、しばらくは姉妹が密かにつくり続けていたにすぎなかったのだが、キュルノンスキーという食通の王と呼ばれる人物に見いだされ、失敗のストーリーとともに世界中に知られることとなった。ブーヴロンの町の名物ともなり、二人の姉妹の名は後世に語り継がれている。 失敗もひっくり返せば成功だ。 ちなみに 小さかったオテル・タタンはリニューアルされ、立派なホテルに。今でも昔のレシピでつくられた「タルト・タタン」が味わえる。 --------------- ――著者 「土田美登世 編集者・ライター」 フランス人が好きだという焦げた感じが昔はちょっと苦手だったが、最近はおいしいと思うように。 --------------- 文:土田美登世 写真:加藤新作 料理:田中優子 ※この記事はdancyu2019年5月号に掲載したものです。
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September 20, 2020 at 07:00PM
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