「フードペアリング理論」はキッチンで遊ぶためのツールである
メシ通リポーターの(よ)です。
今回は、ぼくがワダヨシ(ferment books)名義で編集を担当した翻訳書籍『香りで料理を科学する フードペアリング大全』(著者:ベルナール・ラウース、ピーター・クーカイト、ヨハン・ランゲンビック 監修:石川伸一 翻訳:和田侑子 発行:グラフィック社)について紹介します。
『フードペアリング大全』は最近注目されている書籍ジャンルである「料理の科学本」のうちの一冊。
食べ物の香りを科学的に分析することで、おいしい食材の組み合わせを見つけ出し、独創的な新しい料理を創作しようという内容です。
一見プロ向けっぽい本ですが、メシ通読者がキッチンで遊ぶときにも大いに役立つはず。その面白さをできるだけわかりやすく解説したいと思います!
- INDEX
では、フードペアリング理論を紹介する前に、同書で提案している、ちょっと意外な食材の組み合わせを、実際に試すことから始めてみましょう。
「黒ニンニクとチョコレートアイス」を一緒に食べてみる
まずは、その意外で有望な食材の組み合わせとして、こちらからご紹介。黒ニンニクとチョコレートです。
▲黒ニンニクとチョコレートは「有望なペアリング」である。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
本書では、黒ニンニクのジェラート、チョコレートソース、イチゴ、ピスタチオのスポンジケーキを組み合わせたデザートのレシピも紹介されています。
▲黒ニンニクで、こんなにしゃれた一皿がつくれる。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
黒ニンニクとチョコレートなんて、本当に合うんでしょうか?
黒ニンニクとは、ニンニクを60℃ほどの高温で熟成させたもので、生ニンニクとは見た目も味も、かなり違います。
皮をむくと、白かったニンニクがメイラード反応で真っ黒に。
食感はねっとりして柔らかく、甘さと酸味があり、ドライフルーツのような味わいです。近年、日本発の食材として世界中で知られ、有名シェフたちもレシピに取り入れているとか。
今回は、黒ニンニクと市販のチョコレートアイスを一緒に食べてみます。
簡単かつ手っとり早い方法で、そのペアリングの真価を確かめてみましょう。
それでは、いただきます!
よく味わってみます……。
なるほど~!
黒ニンニクの風味がチョコレートと一体になって、まったく違和感なし。激ウマ! とまではいきませんが、フルーツ入りのチョコレートアイスを食べているような感覚で悪くありません。
黒ニンニクの甘味、酸味、コクがチョコレートの風味に奥行きを与え、最後に残るニンニクらしい香りも嫌な感じはせず、風味に複雑さを与えています。
例えば、黒ニンニクをフードプロセッサーにかけてピュレ状にし、チョコレートと完全に一体化したアイスクリームをつくれば、その組み合わせの妙をより実感できるかもしれません。
そもそも味とはなんなのか──「風味」にもっとも重要なのは「香り」である
なぜ、黒ニンニクとチョコレートが合うのでしょうか?
すこし遠回りになりますが、まず「味」とはいったい何なのかを明確にしておくと、フードペアリング理論への理解が深まるかもしれません。
そもそも、ものを食べる、飲むという行為は、味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚の五感すべてから受ける刺激を統合した体験と言えます。
- 味覚:舌の味蕾にある味覚受容体が受け取る、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の五味
- 嗅覚:鼻の奥にある嗅覚受容体が受け取る、1兆種以上あるとも言われる、香りの知覚
- 触覚:食感+咀嚼する際の運動感覚+熱い・冷たい・辛いなど三叉神経による知覚
- 聴覚:カリカリ、ゴクゴクなど、飲食する際の音。または環境音からの印象
- 視覚:食べものの見た目の印象
これらのうち特に重要なのが、味覚、嗅覚、そして三叉神経の知覚(熱い、冷たい、辛いなど)を合わせた「風味」(flavour)と呼ばれるもの。
日常的に「味」と言うとき、指しているのはこの「風味」のことが多いはずです(飲食時の五感をすべて含んだ知覚を「風味」と考える場合もあります)。
▲味覚と嗅覚を含む五感と風味について説明した図。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
そして、風味のうちもっとも多くの割合を占めているのが嗅覚です。
味覚が5種類しかないというのに、なんと嗅覚は1兆種類以上もあるそう。最近の研究では、風味体験の90%以上が嗅覚に関与していることも明らかになっています。
ためしに、鼻をつまみながらコーヒーやオレンジジュースを飲んでみましょう。苦い、甘酸っぱい、くらいしかわからなくなるはず。
つまり、レシピ創作においても、風味の大部分を占める「香りの組み合わせ」を考察することがもっとも重要なポイントになるわけです。
そこで本書の著者は、あらゆる食材をガスクロマトグラフという装置にかけ、含まれる揮発性有機化合物を検出。各食材の香りのもととなる「香気成分」を特定します。
次に、この香気成分を14種の「アロマ・タイプ」に分類し、記述したり、視覚化したりしやすいようにしています。
<14種のアロマ・タイプ>
- フルーツ
- フローラル
- ハーブ
- カラメル
- ナッツ
- スパイス
- アニマル
- シトラス
- グリーン
- ベジタブル
- ロースト
- ウッド
- チーズ
- ケミカル
▲14種類のアロマ・タイプについて解説したページ。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
例えば、「フルーツ」のアロマ・タイプに分類されるのは、イチゴ、バナナ、パイナップルなど多くの果物の重要な香気成分であるエステル類や、桃やココナッツの香りに含まれるラクトンなどです。
こうした科学的分析により判明した各食材の香気成分の構成を「アロマ・プロファイル」と呼びます。
また、それを視覚化したものが「アロマ・ホイール」というダイアグラム。『フードペアリング大全』には、85種類の「キー食材」と、さらに関連食材のアロマ・ホイールが掲載されています。
▲アロマ・ホイールについて解説したページ。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
「プリンに醤油」をかけるとウニの味になる?
ところで話はさらに脱線しますが、みなさんは「プリンに醤油」をかけるとウニの味になるという話をご存知でしょうか?
都市伝説のように広まった真偽不明の食べ合わせネタですね。実際、試してみた人も多いのではないでしょうか。
「おいしい食材の組み合わせ」からは離れますが、『フードペアリング大全』にも風味探求の副産物として「プリン+醤油=ウニ」と似た実験レシピが掲載されています。
それは、バジルを使わずにバジルオイルをつくる、というもの。
▲バジルのアロマ・プロファイルについて解説したページ。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
バジルのアロマ・プロファイルが判明したのであれば、それを別の食材が持つ香気成分の組み合わせで再現することにより、バジルなしでバジルっぽい香りを作り出すことができる、というアイデアです。
さっそくやってみましょう。
【バジルなしバジルオイル 1人分 材料】
- コリアンダーシード 3g
- 乾燥ローリエ 3枚(0.5g)
- 乾燥タイム 0.2g
- カルダモンの中の黒い粒 1個
- クローブ 1粒
- シナモンパウダー 少々
- おろしショウガ 少々
- オリーブオイル 50ml
▲「バジルなしバジルオイル」の材料。左上から時計回りに、クローブ(黒いほう)とカルダモン、シナモンパウダー、すりおろしショウガ、オリーブオイル、タイム、ローリエ、コリアンダーシード
「プリン+醤油=ウニ」にならえば、「コリアンダー+ローリエ+タイム+カルダモン+シナモン+ショウガ+クローブ+オリーブオイル=バジル」というわけです。
『フードペアリング大全』のレシピでは、おろしショウガではなくショウガ・パウダーが記載されていますが、今回は冷蔵庫にあった普通のショウガをすりおろして代用しました。
カルダモンは、ホールをそのまま使わず、割って中の黒い粒をとりだし、それを1粒だけ使います。
▲カルダモンは中の黒い粒を一個だけ使用
これらの材料すべてをフードプロセッサーにかけます。
容器に入れて、一晩置きます。十分に香気成分をオイルに浸出させるためです。
一晩置いたら、オイルを濾します。
オイルをちょっと舐めてみます。
なるほど確かに!
乾燥バジル入りのオリーブオイルのような風味です。小皿にとったオイルに少々の塩をふって、パンにつけて食べたら、さらにバジルらしさが味わえました。トマトのサラダに使ったりしてもおいしいかも。
『フードペアリング大全』では、同様の実験レシピとして、肉を一切使わずにつくるデミグラスソースのレシピなども提案されています。
デミグラス特有の、煮詰まって、少し焦げたような肉の風味を、コーヒー、味噌、醤油などに置き換える興味深いレシピなので、こちらもぜひ参照してみてください。
「キウイと牡蠣」が合う理由は海の香りのアルデヒド
さて、脱線が長くなりましたが、本題に戻りましょう。
『フードペアリング大全』が主張する、おいしい食材の組み合わせの条件は何か、解説していきます。
その条件とは、組み合わせる食材同士が、同じ香気成分を共有していること。
本書には、シェフたちのレシピ創作に関するエピソードがいくつか登場します。
「キウイは海のような香りがする」と感じたシェフの依頼で、キウイのアロマ・プロファイルを分析したケースでは、キウイにも牡蠣など貝類に含まれるアルデヒドが高濃度で含まれていたそうです。
シェフはこの解析結果から、キウイと牡蠣にココナッツミルクのソースを合わせた「キウイトル」という名作料理を作り上げました。
▲キウイと牡蠣を組み合わせた名作料理「キウイトル」を解説したページ。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
このような食材間の香りのつながりを「アロマ・リンク」と呼び、このリンクを持つ食材同士が「合う」という仮説に基づいて書かれたのが『フードペアリング大全』なのです。
冒頭で試した黒ニンニクとチョコレートは、フルーツ、フローラル、グリーン、カラメル、ローストのアロマ・タイプに属する香気成分を共有しています。風味が違和感なく重なる感覚は、黒ニンニクとチョコレートの間に、多数のアロマ・リンクが存在することでもたらされていたのです。
『フードペアリング大全』には「ペアリング・グリッド」と呼ばれるカラードットの表が960種類も掲載されています。これは、ある食材と別の食材が、どのアロマ・タイプの香気成分を共有しているかを示した表です。
▲ペアリング・グリッドについて解説したページ。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
これら多数のペアリング・グリッドを参照して食材間のアロマ・リンクを見つけ出し、それをヒントにレシピを創作していくのが本書の主な使い方です。
「イチゴとトマト」をβ-ダマセノンがリンクする──イチゴのガスパチョを作ってみる
それでは『フードペアリング大全』が提案している食材の組み合わせの中で、比較的簡単に試すことのできるレシピを、もうひとつ紹介しましょう。
イチゴとトマトの組み合わせは、バラの香りにも含まれる香気成分、β-ダマセノンによるアロマ・リンクが特徴的です。アロマ・タイプで言えば、β-ダマセノンが属すフローラルほか、フルーツ、グリーン、カラメルの香気成分を共有しています。
▲イチゴのアロマ・プロファイルについて解説したページ。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
この組み合わせで、スペイン・アンダルシア地方の冷たい野菜のスープ、ガスパチョを作ってみましょう。
ガスパチョの一般的なレシピでは、トマトをメインに、赤ピーマン、キュウリ、タマネギなどが材料になることが多いですが、今回は赤ピーマンをイチゴに置き換えるイメージで作ってみます。
【イチゴのガスパチョ 3人分 材料】
- 小玉トマト 3個(250g)
- イチゴ 6個(80g)
- キュウリ 1/3本(40g)
- タマネギ 5g
- 塩 適宜
- オリーブオイル 適宜
本記事作成の時期が夏だったため生のイチゴが手に入らず、やむなく冷凍のイチゴを使いました。また、トマトはかなり小ぶりの小玉トマトを使用。
もちろん、グラム数さえ合っていればトマトの大きさは問いません。完成写真で飾りに使用されているイチゴとイタリアンパセリは分量外です。
【作り方】
- トマトは湯むきし、キュウリは緑の皮の部分をピーラーなどでむきとり、塩、オリーブオイルを除くすべての材料を細かめにスライスします
- すべての材料をミキサーにかけてなめらかにする
- 冷蔵庫で冷やしてから器に入れ、飾りなどを盛り付けます。今回はイチゴとイタリアンパセリ(分量外)を使用
かなりおいしいガスパチョができました!
イチゴのおかげで甘味とフルーティさが増して、おしゃれっぽい味わいです。
イチゴとトマトの異なる酸味が混じり合うことで、爽やかな余韻に少々の複雑性が加わったようにも思いました。
黒ニンニクとチョコレートの組み合わせでも感じましたが、アロマ・リンクが多い(4つ、5つなど)食材同士は、やはり風味の結びつきが強いようで、2食材の風味が溶け合って違和感がありません。
逆に、自然すぎて何かが突出する印象がそれほどないとも言えそうです。
アロマ・リンクを意識しながら食材の組み合わせを試してみると、いろいろな発見があります。
柔らかなミルキーさを強調するラクトンのアロマ・リンク──「モモとモツァレラチーズ」のサラダ
筆者が個人的に好きで、たまに作っている料理があるのですが、そのおいしさもフードペアリング理論で納得することができました。最後に、それを紹介したいと思います。
モモとモツァレラチーズのサラダです。
最近けっこう流行しているようなので、ネットでレシピを見かけたことがある人もいるのでは?
まずは作ってみましょう。
【モモとモツァレラチーズのサラダ 1人分 材料】
- モモ 1個
- モツァレラチーズ 1個
- オリーブオイル 適宜
- 白ワインビネガー 適宜
- 塩 適宜
- ミント 適宜 ※なければ好みのハーブなどを。ハーブなしでもOK
【作り方】
- モモの皮をむいてひと口大に切り分け、オリーブオイル、白ワインビネガー、塩でかるくマリネしておく
- モツァレラチーズを手で割くようにして、ひと口大にわける
- 1と2を盛り付け、かるくオリーブオイルをまわしかけ、あればミントなどのハーブを飾る
モツァレラチーズと言えば、トマトとバジルを合わせる「カプレーゼ」が有名ですが、モモを組み合わせることで、かなり印象の異なる一皿になります。
ミルキーで柔らかく優しい味わいが、なんとも言えず美味なのです。
『フードペアリング大全』のモモを解説したページによれば、モモには、ココナッツなどにも特有の香気成分、ラクトンが含まれています。このラクトンは、ヨーグルトやチーズなどの乳製品にも含まれているとのこと。
▲モモと乳製品のペアリングについて解説した記事。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
また、モモと「牛乳のモツァレラ」が並ぶペアリング・グリッドも掲載されています。共有するアロマタイプは、ラクトンが属するフルーツと、グリーンの2種類です。
▲モモと牛乳のモツァレラがアロマ・リンクを持つことを示したペアリング・グリッド。(『香りで料理を科学する フードペアリング大全』より)
モモとモツァレラチーズのサラダを食べたときに感じる、なんとも言えない柔らかく優しいミルキーさ。これは、2食材のアロマ・リンクであるラクトンが重なり合って強調されることで得られる風味に違いありません。
また、ネットを検索すると、モモとモツァレラに加え、生ハムを材料とするレシピが散見されます。
じつは、先ほどのペアリング・グリッドには「バイヨンヌの生ハム」もリストされており、モツァレラとはフルーツ、グリーンのアロマタイプを、モモとはフルーツ、グリーン、ナッツのアロマタイプを共有しています。
まだ試していませんが、生ハム入りもおいしそうです。
最後の最後に余談をひとつ。
ラクトンについてネットで調べていたら「若い女性特有の甘い香りはラクトンだった」という研究に関する記事がヒットしました。
確かに、柔らかい、優しい、ミルキーという香りのイメージは、その記事の内容と合致しますね。納得すると同時に、香りって奥が深いのだなあと、あらためて感じ入りました。
みなさんも、ぜひ食材のアロマ・リンクを意識しながら料理してみてください。おいしい香りの発見を、きっと体験できるはずです。
書いた人:(よ)
「ferment books」の編集者、ライター。「ワダヨシ」名義でも活動中。『発酵はおいしい!』(パイ インターナショナル)、『サンダー・キャッツの発酵教室』『味の形 迫川尚子インタビュー』(ferment books)、『台湾レトロ氷菓店』(グラフィック社)など、食に関する本を中心に手がける。
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